僕はその頃、深川の祖父母の家に間借りをし、<Dub Restaurant Communications>というレーベルを運営していました。レーベルというよりは寄り合いに近く、ほとんど毎日のように顔をあわせていたAkaiwaくん ( Strange Garden/Pasiffic Child/Stone Free etc ) とともに行っていたその活動は、お互いの妄想をカタチにしたいというなんといいましょうか、ひとつの衝動でした。ファースト・アルバム “Dub Restaurant:Menu vol.1” をリリースしたのが94年。嬉しいことに、ごく個人的なその衝動に反応してくれた全国の才人、趣味人からすぐにデモテープが届くようになります。インターネットなどまだ普及していない時代ですので、ほとんどのコミュニケーションが郵便またはFAX。音源の交換はカセットテープでした。この時期に、プライベートな作品 ( =プライベートな妄想 ) とひとつひとつ対峙する愉しみを憶えてしまったことは、その後の自分の人生に大きなトラウマを残します。中でも大きかったのが、Tatsuhiko Asanoさんたちが創る音楽との出会いでした。それははじめから、ここではないどこかを志向している音楽でした。
きっかけは、Taro Kawashimaさんからのコンタクトだったと思います。<Dub Restaurant Communications>というレーベルは、当時UKを中心に生まれていた複雑怪奇なテクノ…Black Dog ProductionやCarl Craig、Stefan Robbers、あるいは<A.R.T.>、<Irdial>、<General Production>といったレーベルが先陣をきってリリースしていた音楽 ( リスニング・テクノとかインテリジェント・テクノなどと呼ばれていた ) の強い影響下に生まれたレーベルでしたが、そうした海外の作品に匹敵するクオリティのデモを送ってくれたのが、現在はFunnychairというユニットで活躍されているTaro Kawashimaさんでした。その後、Kawashimaさんから紹介を受け音源を聴かせていただいたのが、Yasuyuki Suzukiさん、Atsushi Fukuiさん、そしてTatsuhiko Asanoさんでした。彼らの音がレーベルの第2弾 “Menu vol.2” の核となります。
Tatsuhiko Asanoさんにソロの話を持ちかけたのがたぶん95年。そのオファーがデビュー7インチシングル “Bonjour/Lemonade” として形になったのがほぼ一年を経た96年だったと思います。なので、かれこれ12年。いつのまにやら干支が一巡するだけの月日が経ってしまっています。記憶がずいぶんと曖昧なのでなにか手がかりはないものかと身辺を探ってみたところ、当時Asanoさんからいただいた手紙…というほど大げさなものではなく、B4の白紙にさらりと書かれたメモ書きが出てきました。「年末なので仕事も忙しいと思いますが」と書いてあるので、95年末のやりとりだと思います。筆ペンで書かれた繊細な文字がキチンと、しかしかなり力の抜けたバランスでところ狭しと並び、デビュー・シングルのジャケットの仕様についての簡単な要望が記された後、「ちょっと絵が自分の世界すぎる気がして心配」という一言で文章はしめられています。このメモとともに送っていただいたのが、「水浴びをしている象のような不思議な生き物」の絵、そして「楽園を横切るハイウェイをとぼとぼと歩いている男と水たまり」の絵。 “Bonjour/Lemonade” の表ジャケと裏ジャケを飾るために描かれたその2枚の心象風景を、先行していただいていた音源を聴きながら、下町の6畳間の揺れる電灯の下でぼーっと眺めたその時の気分はいまだに身体に残っています。後者の絵に描かれている男はそのまま僕のアタマの中でAsanoさんのイメージとして定着し、本作に収録されている “Highway and Byways” を聴いている時に夢想していた異国の路地裏にも、ひょっこり顔を出しました。まるで妖怪のように。
僕が初めて聴いたAsanoさん参加の楽曲には “I've Found A Central Mountain Of The World, But It Is Everywhere.”…という実に長く、実に“らしい”タイトルがつけられていました。Atsushi FukuiさんのユニットFulkramの94年の作品です。その曲が持っていたエキゾチック・サウンドのような、サイケデリック・ロックのような不思議な浮遊感は、先のファーストシングルはもちろん、その後のAsanoさんの音楽の全てに散りばめられています。00年に発表されたサントラ “ドシンの後を追って” ( Media Factory ) にも、01年にUKの
から発表されたアルバム “Genny Haniver” にも、Pacific231やDaisy Worldなどの参加作品にも共通して流れる、ここではないどこかの空気。そうなんです。異次元も、楽園も、自分の生活する半径数メートルに存在する。Asanoさんはそのことを皮膚感覚で教えてくれる、希有な音楽家です。いつもいい音楽をありがとうございます。
moodman ‘08.07